【堀江ファンに訊く5】ボカロP ひろと

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第5回  ひろと



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知的なツイートや発言が多い方。インターネット文化に精通しており、独自の視点で解釈・解説していることが多い。巧みなコンピュータ知識を駆使したボーカロイド曲がある。

Twitter

ニコニコ動画

筆者(以降筆):今回は多忙な中インタビューを受けていただいてありがとうございます。

早速ですが、ひろとさんの普段の活動について教えて下さい。

ひろと(以下ひ): 以前は歌モノを作ってましたが、今は使えるBGMを目標に手探りしつつ曲を作ってます。なので最近はあまり音楽活動らしきことはしていません。ツイッターでブツブツするくらいです。




↑最新曲「明けない夜をゆく」

↑読ませる文章

筆:いつもツイートは楽しく読ませて頂いております。音楽活動にも期待しています。

ひ:ありがとうございます! 最近はフリップフラッパーズ(2016年秋アニメ)に

ハマっていますので、そればっかりツイートしてますね…。がんばります。

筆:ところで、普段はどのような楽曲をお聴きになっていますか?

ひ:アップルミュージックを見てると新しい曲が無限に流れてくるので、

目に留まったやつをいろいろ聴いてます。もうとにかく飽きないですねー。

筆:定額制音楽サービスは、ついついいろいろな曲を聴いてしまいますもんね。

ひ:そのアップルミュージックにアニメというカテゴリがあるのですが、ハピマテ
(ハッピー☆マテリアル アニメ『魔法先生ネギま!』の主題歌)がいろんなバージョンであったりするので結構楽しいです。

筆:そうなんですか。では本題に入らせていただきます。


Q1_あなたの堀江晶太との出会いを教えて下さい。

ひ:そうですね……ツイッターで「この曲いい」と流れてきたのが最初と思います。

↑出会いの瞬間

筆:意外ですね。それで、初めて聴かれた楽曲は何でしたか?

ひ:「冬に咲く華」で、感想は「おっ、 supercell フォロワーだな?」でした。

堀江晶太のオリジナリティには supercell の影響があるよなぁと思います。

↑曲の感動をピアノで表現。



筆:feng楽曲から入る方は多いですよね。そこからあなたは堀江曲に興味を持たれて

今に至る訳なんですけど、
何か生活で変わった面などありますか?

ひ:堀江晶太がやる音楽はすごく堅実だと思うんですよね。

もっと挑戦的な方向もできる音楽家だと思うんですが、一貫して伝統的で聴きやすく、

それでいて最先端のセンスを感じるカッコいい音楽を作るというか。

こういう音楽って、ジャンルとしてそこまでにあった流れを理解する読解力みたいな

能力が必要になってくるんだと思うんですよね。JPOPの歴史やセオリーを知ったりだとか。

それにしっかりした音楽的な素養、わかりやすく言うと音感とかリズム感になるのですが、

そういった力も必要になってきます。文章を読むには漢字を読めなきゃいけない、みたいな。

筆者:基礎的な音楽能力、といった感じでしょうか。たしかに重要そうですね。

ひ:自分は
「わかりやすくてカッコいい音楽」が好きなんですが、トップレベルの人はその辺が

決定的に違うんだなと納得できまして。音楽に限らずいろいろなことに対するストイックさ、

みたいなものはちょっとだけ意識するようになったんじゃないかと思ってはいます。

意識して音感トレーニングを始めたりもしました。いや本当にもうですね、

自分はこの辺が足りないんだなーと深く実感させられてしまいまして。

たまに確認するとできるようになってることが増えてて嬉しいですが、正直すげーつらい。

目標に向けて頑張ります…。

筆:プロフェッショナルな人物はストイックさが凄いですからね。プロ野球選手のイチローも、

努力を続けてきたことで、世界で戦える選手になれましたからね。見習いたいところです。


↑ 本物でも鍵盤でもドラムができる、本業ベーシストの堀江晶太。 

筆:では、次の質問に移りたいと思います。


Q2_堀江晶太の機材・作曲技術などで凄いと思われる点を教えてください。

ひ:堀江晶太の作曲に関して、おおまかに一言でまとめるとすれば

「既存のポップスを独自の新しいグルーヴに乗せて
提供するセンス」でしょうか。

ひ:突然ですが話を逸らしまして、 supercell の「君の知らない物語」が

アニメ「化物語」のEDとして登場したのは2009年のことです。

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↑ supercell「君の知らない物語」。言わずと知れた定番曲

2009年というと「けいおん!」の登場もありまして、アニメソング関連の

ゴールドディスク認定が急に増えだした年だと自分は記憶してます。

2016年にはaikoが「聲の形」主題歌として「恋をしたのは」を発表したりと、

アニソンの多様性というのがすさまじい勢いで広まっているのはご存知と思います。


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↑aiko「恋をしたのは」。アニメ映画「聲の形」の主題歌でもある。

この「アニソンの枝分かれ」が始まったのはこの「2009年」であり、

もっとズームインすれば
「君の知らない物語」が登場した時点だと考えています。

なぜ? というのを説明しますと、これは同年に発表された「Cagayake!GIRLS」や

「Don’t say lazy」と比較の提示で明らかにしやすいものです。「けいおん!」の関連曲ですね。

これらの曲はいま聴いてもなんだか新鮮で驚きのあるものですが、曲の展開やコード進行、

楽曲のコンセプトは
既存の「歌モノ」「JPOP」「アニソン」という文脈の上で、

しごく丁寧に形作られているものになっている
と思います。聴きやすく馴染みやすいというか。

そういったところを考えると「君の知らない物語」は、確かに前述の文脈の先にある楽曲と言えるのですが、それと同時に、明確な「新しい文脈」を打ち出しているとても稀有な作品である、とも考えています。
枝分かれする根元にある種みたいなものですね。

あまり詳らかに書いていくと堀江晶太が再登場するまで時間がかかりすぎるので端折っていきますが、supercell の ryo が「メルト」から一貫させていた女性一人称の歌詞世界観、音楽性のひとつの到達点と言える曲になってます。



↑初音ミク「メルト」。supercell の ryo が手がけた定番曲。

ひ:ひとつの楽曲でひとつの物語を演出するようなドラマチックな楽曲の走りであって、(以下では「
劇場型」と呼びます)このコンセプトは当時の他の楽曲にはなかった、強烈な独自性・個性を持っていました。それでいて共感を得やすいものであり、「君の知らない物語」以降は商業ラインのアニソンでもこうした曲はどんどん増えていきます。

この辺りは完全に持論なのですが、ニコニコ動画でも「メルト」がこの流れ・コンセプトの大元であって、ニコニコ初期の初音ミクを「アイドル」か「自分の代弁者」とした曲が人気のある中で異彩があったと思っています。「人柱アリス」はより分かりやすい原型と考えられ、「初音ミクの消失」はミクのアイドル的なパーソナリティと劇場型がうまく合わせられた名曲ですね。

このように、劇場型は完全にryo独自のコンセプトというわけでもないのですが、メジャー路線へ最初に打ち出したのは
「君の知らない物語」と考えてよいでしょう。劇場型のコンセプトは歌詞の要素だけを抜き出してキャラクターソングに流用されたり、ドラマチックな展開をラブソングに使ったり、形を変えつつ「今のアニソン」という雰囲気の大きな土台になっていると考えるのはごく自然と思います。

筆:なるほど……深いですね……。

ひ:……前置きがアホほど長くなりましたが、そろそろ堀江晶太に話を戻そうと思います。


①堀江晶太と劇場型の関わり

堀江晶太は前述した劇場型の文脈をわかりやすく多用していましたね。「八月の流星」がド直球でそれです。担当しているゲームのオープニングやエンディングも劇場型の典型です。歌詞、楽曲構成、コンセプト、どれを取ってもわかりやすい。

なので先ほど述べた「supercellのフォロワーだな?」と思ったわけです。しかしながら、膨大にいるその「supercellフォロワー」でひと括りにするには、特に「マリンブルーに沿って」「キスのひとつで」などを聴けば明確に違うのはすぐわかりますね。

この二つの楽曲は、
劇場型の要素を満たしてはいますがそれに留まらないものがあると思います。

これが冒頭で書いた
「既存のポップスに付加された新しいグルーヴ感」というものになります。

「グルーヴ感」という言葉に馴染みのない方もいると思いますが、わかりやすく言うと「ノリ」「リズム」「流れ」です。既にこれを分析して動画で紹介している方などもいました。




↑(http://www.nicovideo.jp/watch/sm29458581)

堀江晶太の楽曲群にあるオリジナリティの半分ほどは、この
ドラムのタイム感、間の取り方にあると考えてよいでしょう。劇場型として定番の流れとは異なりながらも、ジャンルとして成り立つための要件を十二分に満たしているわけです。この新しい「楽曲の流れ方」こそが、堀江晶太の作り出した重要なものであり、大事なオリジナリティであるわけです。堀江晶太は「AメロBメロサビ」という定番な展開の中で、常に新しいドラムパターンを模索している印象があるので、意識しながら聴いてみるとまた面白いと思います。

そしてこのフィーリングが生まれたもとの源流には、先に結論から出してしまいますと、

「劇場型の曲を激しめの曲調でやろうとした」という経緯で生まれたものと推測しています。

ryo が得意とする劇場型の曲は、とにかくドラマチックに展開していくため曲自体が長いという特徴があります。極めて速いテンポである「ODDS&EDNS」や「The Bravery」も約6分、先日発表された「罪の名前」は6分30秒、バラード曲である「銀色飛行船」「僕らのあしあと」は両曲ともに7分越えと、 ryo 以外がやったら怒られそうな曲時間ですね。



↑初音ミク「ODDS&ENDS」。「初音ミク -Project Diva- f」主題歌。

 ひろとさんいわく「ボカロというジャンルでもっとも重要な曲」。

堀江晶太はこの長さを圧縮することに成功している、別の言い方をすれば

「いまの時代に合うように再編集してきた」と言うべきだと考えています。

この成功や再編集の試行錯誤は、kemuというボカロPを絡めて考えると

わかってくるのではないかなと思います
(両者の関係は置いといて)

ryoを発端とする劇場型の曲は、ひとつの物語にある繊細で暖かな感情をテーマとして、それを綺麗な音楽に乗せて歌われるものです。対してkemuが独自の解釈で作り出した劇場型の音楽は、攻撃的で固いサウンドのロックに乗せられた内向きな感情をテーマにしたものです。

 

どういった出会いや化学反応があったかわからないですが
(本当に謎ですね)、このkemuの音楽が堀江晶太の中で消化されていった結果として、ryoが打ち出して多くのミュージシャンが影響を与えてきたスタイルとはまた違う
「グルーヴ感」が生まれたものと思っています。両者とも使っている定型句は一緒なのですが、ryoとkemuはそもそものコンセプトが違うわけですね。ここが両者の差異であって、違うものが出来あがっていった大きな要因のひとつとなっているのではないかな、という考えです。

 

……非常に長いですが、ここまでをまとめると、

「堀江晶太は劇場型という大きな流れにひとつの派生先を作った」



という感じでひとまず結論づけられます。

筆:熱いコメントに飲み込まれているような感覚でした。続きをお願いします。

ひ:はい。堀江晶太が劇場型からの派生先を作り出した、ということは理解していただけていると思います。その先駆者であるからこそ堀江晶太自身のオリジナリティが光るのですね。

過去でも現在でも ryo がそうであるのと似た立ち位置を感じます。

では、具体的にどんな派生を起こしたのかを話していきたいと思います。


②堀江晶太が作り出した「新劇場型」

kemuが打ち出したコンセプトを堀江晶太が再編集して劇場型の新しいスタイルを作った、という結論にまでたどりついているわけですが、「
具体的に堀江晶太がkemu音楽にどのような編集を施したのか」という点について語っていきたいと思います。

ここまで書いてきた「堀江晶太が作り出した劇場型」は、担当したゲームのオープニング・エンディングを特に指して言ったものであって、アイドルや声優などに提供している「仕事音楽」というところについても改めて考えなければなりません。堀江晶太が行った再編集のエッセンスというのが、この「仕事音楽」と深く関わっている点であるというわけです。



↑茅原実里「恋」。堀江晶太が楽曲提供している。

堀江晶太という作曲家は、なにも劇場型に近しい曲ばかり作っているわけではありません。劇場型というのは歌詞が重要な要素なのですが、その作詞を担当していない楽曲はとても数多くあります。これがアーティストや声優への楽曲提供でよく見られるケースです(PENGUIN RESEARCHで発表されているメッセージ性が強い曲は作詞をしつつ劇場型でない曲が多いですが、ここでは置いておきます)。

そして提供されている楽曲には、作曲と編曲を担当しているパターンと、作曲はせずに編曲のみを担当しているパターンの両方がよくあります。ここで注目すべきなのは「
編曲のみを担当しているパターン」で、つまり
堀江晶太の編曲センスが重用されていると考えられるわけです。



↑内田真礼「Resonant Heart」。堀江晶太が編曲のみを担当。

特にアニメソング関連の話ですが、作編曲の両方をできる人物が編曲のみを担当するという例はあまり見かけないのですね。作曲でプロとしてやっている人はまず間違いなく編曲の腕前もあるはずであり、ここだけを別の人に振る理由もあまりないということです。堀江晶太の異例さがここにひとつあるとわかります。
あえて編曲のみを任せられるというのは、音楽的なオリジナリティと技術力・対応力を同時に認められているわけです。

このすごさを一言で表しますと、
「仕事音楽もできるアーティスト」となります。

ピカソという画家がいますね。彼は歴史に名を残す芸術家とされていますが、それは彼自身の高い独自性で描かれた「
芸術の絵」が周囲に評価されたのでそう呼ばれているわけです。

一方でですが、「
いらすとや」というサイトがありますね。「いらすとや」は完成された独自の雰囲気を持っていて、これも芸術的とも言えるかもしれませんが、やはり「フリー素材」と銘打たれているからには「
仕事の絵」と捉える方が自然でしょう。

このピカソの「
芸術性」と「いらすとや」の「
仕事性」、という二項が対照的であるというのはわかりやすいものと思います。





キャプチャ


↑ピカソ「鏡の中の少女」、いらすとや「鏡に映った女性のイラスト」。

 
この画像は何故かひろとさんが積極的に提供してくれました。

芸術家・アーティストは自己表現のために絵を描くのであって、そこに見返りは求めません。

対して仕事の絵は、しっかりと金銭という対価を提供する相手へ求めます。この違いです。

筆:この比較画像を見ていると頭痛がしてきますね…。続きをお願いします。

ひ:音楽に話を戻して例えますと、アーティストは
「独自性やメッセージを内包している音楽」を作る音楽家で、職業音楽家は公私混同をしない、
「明確な社会的役割がある音楽」を作る音楽家というわけです。前者はバンド、後者は劇伴作家、とするとわかりやすいでしょうか。

そしてこの両者の素養を同時に兼ね備えているというのは、とてもまれな例であるというのは想像に難くないと思います。しかし堀江晶太はこの両方を持ってしまっているわけですね。ここはryoとも大きく異なっている点です(ryoはアーティスト志向が強い)。ちょっとチート気味です。



↑「戦場の円舞曲」OPムービー。作編曲は堀江晶太。

 ゲーム本編のBGMも全曲を担当している。

ひ:また話は突然変わるのですが、かつてのアメリカには「ラプソディー・イン・ブルー」などで有名な
ジョージ・ガーシュウィンという作曲家がいまして、この人物はあまりにいろんな音楽が上手にできるもので「
完璧な音楽家」などと評されていました。



↑ガーシュウィン本人の演奏による「I got rhythm」。

 1937年に38歳でロサンゼルスで若くして没した天才音楽家。

ガーシュウィンは(特に日本において)「のだめカンタービレ」で有名になったという経緯があったり、音楽の教科書や音楽史にも自然に登場するものですから、クラシックの音楽家であるという印象が一般的であると思います。しかしそれはガーシュウィンの生涯の中でも後期の作風であって、彼が有名になったきっかけは、1920年代アメリカが迎えてるジャズ・エイジの中で数多くのポピュラーな歌曲を書いていたことにあるのですね。その証拠に、ガーシュウィンの作品の中にはジャズのスタンダードナンバーがたくさんあります。ジャズ寄りの人々にはそういう印象の方が強いでしょう。

 

一方で、彼自身が開拓したとされるジャンルの中に「
シンフォニック・ジャズ」というのがあります。前述の「
ラプソディー・イン・ブルー」が代表作に挙げられるこのジャンルは、その名のとおりジャズとクラシックを融合させたものであり、彼自身が双方のジャンルに深い理解と鋭いセンスを併せ持っていたということの証明になりうる音楽です(初稿のオケ編曲は別人だったりするのですが)。



↑ガーシュウィン「ピアノ協奏曲ヘ長調」。シンフォニックジャズ。

 小澤征爾が指揮するベルリン・フィルとジャズトリオによるコラボ演奏です。 

 33:20からの第3楽章が特にカッコいいそうです。 

ひ:で、話を戻しまして。

堀江晶太の音楽的能力の高さや成功させてきたことを考えると、
現代日本の「完璧な音楽家」だよなぁと思うわけです。

堀江晶太がロック・ポップス方面の音楽とクラシックの両方に理解があるというのは、非常に感覚的でアレなのですが聴いてればわかります(丸投げ)。それでいて音楽的な基礎能力も高く、若くして多作でヒット曲も多くあるとなると、自分としてはガーシュウィンを思い起こさずにはいられません。


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↑左がガーシュウィン、右が堀江晶太。ひろとさんいわく「似てる気がしてきました」。

ひ:そしてそして、そんな「現代日本の完璧な音楽家」である堀江晶太がkemuの音楽性に施した再編集というのは……。

筆:すごく突然まとめに入って来ましたね?

ひ:話がまとまらなくなってしまいそうなので(笑)!

結論をズバッとまとめますと、ここに来るまでに挙げていた「ryoが発端の劇場型」「kemuが発端の劇場型」「歌モノ」「JPOP」「アニソン」、これらすべてを「
自分の音楽に止揚させている」という感じですね。止揚という言葉が適切なので使っていますが、わかりやすく書きますと「
すべてを昇華させて独自のスタイルにまとめあげている」ということになります。

筆:なるほど。堀江晶太の音楽がとてもハイレベルに感じる理由としてわかりやすいですね。

ひ:はい。これはどのジャンルに対しても、深い理解と数多くの作曲の実践がなければ成しえない、端的に言うとヤバいことです(語彙の貧弱化が始まっている)。

その根拠をひとつだけ挙げますと、まず、堀江晶太が用いる
コード進行はしごく単純なものという点。堀江晶太の楽曲は、「王道進行」と呼ばれる進行、本人が定型句として自覚的に使っているのであろう進行もその多くを占めています。

普通の思考だと、周りとは一線を画する音楽を作ろうとしたら、考え直す対象として挙げられるのにはコード進行があります。田中秀和というMONACA所属の作曲家がいますが、この方は非常に凝ったコード進行がまず特徴に挙げられています。これまでにないそのコード進行のセンスから、「流行の最先端」というイメージが重要なアイドル関連の楽曲を多く手掛けています。堀江晶太とは別ベクトルではありますが、田中秀和もまた高い独自性で「最近風」という作風を持っているわけですね。



↑田中秀和が手がけた「灼熱スイッチ」。コード進行が独特だそう。

その方向性で優劣がつくということは一切ないのですが、この点で田中秀和と堀江晶太は非常に対照的な作曲家だなぁという私観があります。常に変化して時代に合わせられるセンスと、シンプルでいつの時代にも通用するであろう力強さを持ったセンスと言いますか。

堀江晶太が作り出すシンプルで力強い楽曲が、「ブレイブウィッチーズ」という息の長い王道作品のオープニングにもなっているといった点からも、既存のジャンルにある文脈をすくいあげつつしっかり現在風の楽曲となっていると考えられるわけです。サビ入りのかなり遠い転調などは特徴的ですよね。



↑ブレイブウィッチーズOP「アシタノツバサ」。

 ひろとさんは「人選わかってるなぁ」と嬉しかったそうです。

このシンプルさというのが、ここまでに挙げてきた
「様々なジャンル/文脈の融合である」というのが私的な結論です。これまでにあった曲を模倣するというのは、割と簡単にできます。「君の知らない物語みたいな感じで」と言われれば自分でもできます。ただ、
それを独自のスタイルに昇華させ、なおかつ仕事音楽にも適用可能なフォーマットを作り出したことがスゴイ、というわけですね。

 


③結論「堀江晶太は万能すごい」

ひ:ここまでずいぶん長くなりましたが、やはり結論は


「既存のポップスを独自の新しいグルーヴに乗せて提供するセンス」
ですね。

この「グルーヴ」というのが、
堀江晶太が持っているしっかりした音楽的素養(音感とかリズム感とか演奏力とか)、
それによって理解してきた様々なジャンルの楽曲群
本人の弛みない努力と試行錯誤が積み重なってきた先で生まれたものというわけです。

堀江晶太はよく堀江先生という呼ばれ方をしてますが、これは相当に的確な表現なのかもしれないですね。経験値が桁違いだと強く感じます。いやー、すごいです…。

筆:すごいですね……(語彙の弱体化)。説得力のあるお話を、ありがとうございます。

~~~

筆:では、もうお腹いっぱいという感もあるところですが、次へ行きたいと思います。


Q3_自身の音楽制作で影響を受けていると思われる点を教えていただけますか?

ひ:前述のように、堀江晶太は非常にしっかりとした音楽的素養を持っていまして、自分にはここが足りないのだなと深く思わされたわけです。

自分は高校から吹奏楽部に入って音楽を始めたもので、頭を使う方向である音楽理論の勉強は頑張ったんですが、堀江晶太が持っている絶対的な筋肉と言いますか、その辺のトレーニングは全然おろそかにしてたんですよね。なくても作曲はできるなと。

なので、いま自分は曲作るより筋トレしなきゃなと音感を鍛え直したりしています。実際の作曲もカンが鈍らないようしてますが、その目的は公開することではなくて音作りの研究という向きが強いです。あと5年くらいは曲作っても自信持てなそうです。つらい。

 

筆:研究ですか。私も作曲したいんですが、なかなかできなくて…。研究やトレーニング、頑張りたいところです。

Q4_一番好きな堀江曲、嫌いな曲を教えてください。

ひ:好きなのは「
マリンブルーに沿って」、嫌いなのはめちゃくちゃ強いて挙げればですが「
八月の流星」です。

「マリンブルーに沿って」を選んだのは、単純に完成度・独自性が高く、それでいてオープニングとしての仕事的役割も十二分に果たしている、堀江晶太のいいところが存分に出ている曲だなと思っているからですね。人に勧めるときはまずこれを教えてます。



↑「マリンブルーに沿って」。隙がない完成度の高さ

この曲は他の堀江曲に比べても違うところがいくつもあって、その点をここが! ここが! と挙げていくとキリがないのでやめときますが、なんとなくわかるのではと思います(丸投げ)。ひとつだけ挙げれば、コンセプトと編曲の向きが完全に
情景描写を重視してるという点でしょうか。堀江晶太の可能性でも
未知のままになっているフィールドを感じます。あとサビのベースがかつてないほど好きです。

嫌いな曲として、「八月の流星」を挙げた理由ですが、「なんでバンドでこういう曲やったんだろう?」という疑問が今でも残っているからでしょうか。

 

弦のピチカート入ってるじゃないですか。なぜ? とモヤモヤが残っています。バンドのコンセプトという地点から考えてみても、この曲はやっぱり異質な気がするんですよね。「ジョーカーに宜しく」でクールかつストイックな姿勢を感じさせて、「WILL」で「SUPER CHERGER」から始まり「敗北の少年」に終わり、「スポットライト」の「boyhood」までは一貫したテーマがあったんですが、この「八月の流星」はマジでわからない、なんなんだろう、なぜピチカートが……と魚の骨めいてチクチクしています。

曲自体は好きです。ギターが楽しそうで。

Q4_ファンのみなさんに伝えたいことをお願いします。

ひ:上の方で出しきってしまいました。結構長いですが、読んでくれるとありがたいです!

それを踏まえた上で言いますと、堀江晶太が影響を受けているであろう音楽を聴くことで、自己完結的ではありますがさらに「堀江晶太の音楽性」に対する理解が深まるものと思います。

 

まずは本人がよく公言しているイーグルスやユーミンなどがよいでしょう。私的なオススメは supercell の2ndアルバムです。そこからさらに遡って「BOOM BOOM SATELLITHTS」というバンド、エモからはMineralとかSOLEA、影響を与えたのであろう ryo は洋楽の人なのだと理解したりすると、堀江晶太の音楽に理解が深まるだけでなく、様々な曲を聴いたり考えたりするきっかけになっていいと思います。BBSからは「Kick it out」、Mineralは「Gloria」、SOLEAは「APOTHEKE」、イーグルスは「Desperado」などが聴きやすくわかりやすいのでオススメです。ストレートに「Smells Like Teen Spirit」とかもいいでしょう。

ガーシュウィンに話を戻せば「ピアノ協奏曲ヘ長調」の第三楽章がカッコよくて聴きやすいです。「パリのアメリカ人」もよいですね。ピアノ協奏曲はこ普通のバージョンも普通にカッコいいんですが、小澤征爾がオーケストラ+ピアノトリオと一緒にやってるやつもあって、これも抜群にカッコいいんですね。まさにシンフォニックジャズ。

まあとにかくいろいろ音楽聴くとさらに楽しいよ! ってことですね。自分も言うほど詳しくはないのですが、日々勉強というか好きなようにいろいろ聴いていこうという感じです。

筆:今回は、私もいろいろ学ばせられました。では、最後に、あなたにとって『堀江晶太』は?

ひ:
「完璧な音楽家」です。

 

筆:ありがとうございました!

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